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それは勇ましくも仁王立ちになった可憐な後ろ姿は、魔法っ子学園何たらかんたらとかいうアニメに出て来る制服という、特殊なコスプレをその身にまとった小柄な女性。少々未成熟な、もとえ…伸びやかでスレンダーな肢体と、それはそれは人懐っこくて屈託のない雰囲気とから。コスプレ好きな気の若さから“高校生です”と言っても通りそうなほど無邪気な、今回のイベントスタッフのお姉さんだとしか把握してはいなかったのだけれど。
「さっきまでは“りぼん”とかいって名乗ってたが、今の覇気でやっと判ったぞ。」
闇に覆われた亜空間の中。こちらの素性を知った上で攻撃を仕掛けて来た、いまだ正体は謎のままな少年が、並外れた能力で召喚したらしき咒術使いとの対峙の只中。とっとと振り切らんとしたゾロの繰り出した、鋭気満ち満ちた精霊刀の前へと立ちはだかる格好で、一か八かの激突の間に入って来ただけでもとんでもないその上、
『ルフィの身のうちへ一旦は飛び込んだのだけれど。
ままに操れなくて、それで已なく打ったのが今の小芝居。
そうなんでしょう? CP9とかいうグループの坊や。』
すらすらと語られたのは、天世界の、しかも限られた一部の聖宮関係者しか知り得ないあれやこれやではないかいな。こっちのあれこれも考察の材料にしたのかどうかは不明ながら、こちらへはその小さな背中を向けた凛々しき立ち姿へと、反動を何とかやり過ごしたそのまま…少々忌々しげにゾロが放った怒号が、
「あんた、ロビンだなっ!」
そんな突拍子もない一言だったものだから。こちらもいきなりの状況の変化に振り回されつつも、最善の行動、すなわち…不意にくたくたとその場へ頽れ落ちたルフィを抱きとめての支えてやっていたサンジが、
「………はい?」
先走る方々に一番出遅れておりますことを如実に示す声を出したのも無理はない。
「いや、えと…それよか。お前どっから姿を現しやがったんだ、ゾロ。」
「どこも何もずっと此処に居たんだよ。お前の広げた結界の中にな。」
気がつかない方が悪いと言いたげな反駁へ付け足して、
「歪曲障壁を狭間に張って、あなたたちの感覚を少しほど歪めたらしいの。」
そんな答えを出して下さりつつ、肩越しこちらを見やった制服姿のりぼんちゃんが、くすすと微笑うとパチンと指を鳴らして見せて。すると、それまでまとっていた…どこのバスガイドさんですかと聞きたくなるよな、タックやダーツといった切り替え一杯に仕立てての、隅々まで体型に添わせた作りだった3ピーススーツタイプの制服が、あっと言う間に別な装束へと変わってしまう。スムースジャージ風の七分袖のシャツと、腰までもないほど短いボレロを重ね着て。膝上のタイトなボトムにスカーフを斜めがけにしたという、簡素ながらも動きやすさ優先の、何ともアクティブないで立ちの、
「あ…ロビン姉ちゃんだ。」
どこかぼんやりとした表情でいたルフィが、何とか意識が鮮明になって来たらしく。その証拠とでもいうように開口一番に発したのがそんな一言。彼にも面識のある本来の姿へ戻った彼女は、ゾロの育ての親でもあるという風精の女傑であり、その身をやつしていた姿より、随分と大人びて妖艶な、クールビューティなタイプのお姉様だったりするものだから。
「…よくもまあ、ああまで若作りしたもんだな。」
「あら。見抜けなかったからって八つ当たりはしないでくれない?」
こんな場で母子…もとえ、姉弟喧嘩はやめて欲しいんですけれど、お二人さん。
“まったくだ。”(苦笑)
結構緊迫していた対峙だったのにねと、それをあっさり吹き払って下さったこのどんでん返しへ ついつい肩をすくめたサンジもまた、ゾロに関わりの深いというこの女性を知ってはいたものの、
“けどま、緑頭が気づけなかったってのも判らんではない、よな。”
そのお初となった顔見せのとき、ゾロはルフィへ“風の使い”という曖昧な紹介の仕方をしていたが、それはゾロが言葉足らずだったというよりも彼女が特別格な存在だったので、説明に窮した結果といえて。大概の結界や障壁を通過できる“風”の属性の最上級、神格族でありながら、だが、時間という絶対の流れを素養にしている“合(ごう)”だけはさすがに容易く扱えない。くぐり抜けられるがその度に、一つところに居続けることが許されぬ負荷を負うがため、それを溜めに溜めた時期があった反動で、今の今、流浪の身となっていることを余儀なくされているのだそうで。まるで彗星みたいに長い長い周期を経てでなければ同じ場所へは戻って来られぬ彼女が、まさかこうまで間近に紛れていようとは。完璧な消気がこなせることへの能力差だけじゃあなく、そんなことはあり得ないとの先入観も手伝って、思ってもみなかったまでのことだろと、サンジとしては察しもつくらしく。
「さんじ〜。」
「ああ、よしよし。立てそうか?」
寝起きのような様子でいるルフィが頼りない声を出すのへと、苦笑半分、手を貸しての支えてやったままでいたものの、
「…ところでお前、もしかして今“起きた”ところなのか?」
こちらは二人で、あの不思議な坊やからの攻撃だろう、妙に腕の立つ擬体の戦士と向かい合っていたサンジとルフィだったのに。大きく振り上げられた剣を躱そうとしたその刹那、突然の衝撃に跳ね飛ばされてしまい。ハッとしつつも身を立て直したそのすぐ傍ら、それまで声を交わしていたルフィが急に身を萎えさせての頽れ落ちるわ、今までどこにもその気配がなかったゾロが、何とも言いがたい困惑の顔で間近へ現れるわ。一体何が起きたんだかとギョッとしていたその手元、座り込みかかったのを反射的に手が伸びて支えたルフィの小さな背中が、一瞬、写真や映像で言う“二重露出”のようにダブッて見えて。そこから滲み出したような何かが、どこかへ抜けて離れてゆくのへ引っ張られるかのように、彼の身からは力が抜けていったのが、何とも不吉でしようがなかったが、
「うん…。なんか、急に眠く、なって、サ。」
まだどこか口調が曖昧なのは、それだけ深く眠っていた反動。体の自由を奪われていたのなら、それもあり得ると、やっと何とか現状が見えて来た。……そう、
“今の今まで、あの坊主がルフィん中にもぐり込んでやがった、か。”
サンジの前には姿を見せなかったのも道理。探知の能力者だったからと警戒されたか、一番疑わぬだろう庇護対象を隠れ蓑にしていたその間、言わばその身を乗っ取られていたのだ、泥のように眠っていたところを無理矢理叩き起こされたような状態になっているルフィなのに違いない。そして、
「ルフィをこの亜空という結界から連れ出すため、
まずは結界を作り出したサンジくんを懐柔しようとした。」
りぼんちゃんの姿でいた間は、両手を真っ直ぐ張り出しての“とおせんぼ”というポーズで仁王立ちしていたものが。本来のもう少しお姉様な姿へ戻った途端、腰に手を当てるだけの余裕の立ち姿でおいでのロビンさんのお言葉が続き、
「自分だけなら結界障壁なんて苦もなく通過出来るらしいけれど、ルフィの方がどうなのかは判らない。成り行きから言っても、陽界からはサンジくんのフォローがあって連れて来られたようだったんで、ならば…と思ったんでしょうけれど。」
ところが…という意を示して言葉を切ると、ふふんと微笑ったロビンさんであり、
「サンジくんを人事不詳にでもすりゃあ片付くと思っていたら、
コトはそんな簡単な仕組みじゃあなかった。」
まだまだ瞼が重たげだったが、それでも意識は冴えつつあるルフィと、そんな彼を支えている聖封様のところへと。小気味いい足取りにて歩みを運ぶ、ゾロの気配を背中に感じつつ、
「ルフィの裡(うち)にもルフィを護ってる強固な咒があって。
その効力を断つ必要があるのが判ったのよね。」
《 …う。》
口調としては“訊いている”それながら、そうに違いないとの確信あっての指摘であり。ルフィよりも随分と幼く見える悪戯坊やが、くうと喉を鳴らしたあたり、やはり図星だったらしくって。
「ルフィを護ってる咒って…あの“聖護翅翼”のことですか?」
サンジが口にしたのは、いつぞやに人間が呼び出した魔物が毟り取ったゾロの翼のことだ。神格に並ぶ“浄天仙聖”からの転生だという破邪のゾロが、そうであった名残りのようにその身へ復活させた絶対守護の楯でもあったそれを、力任せに奪えたほどの怪物であったけれど。だが、そうまで出来た力を得た源として、その魔物が取り込んでいたルフィが取り返して来たから皮肉な話。そしてそれからは、その片翼、ルフィがその身へと預かっているのだが。ロビンがこくりと白い顎を引いて頷いたということは、そうなってもまだ、そうまでの威力が維持され続けているということか。
「大方、不意を突く格好で意識を奪って、その身へ飛び込んだはよかったけれど、
それからでないと気がつけなかったってところでしょうね。」
というか。サンジさえ言いくるめてしまや、簡単に結界からも出られようし、それから隙を見て逃げ出せばいいと思ってたのに。飛び込んでから、ルフィのその身そのものが制御出来ないんだと気がついたという順番だった。しかも、結界を張ったサンジくんがそちらの制御も担当しているかと思や、さにあらん。むしろゾロからの影響の方が強くって。あれで咒や封印術っていう陰属性の攻勢にも強いゾロだから、サンジくんがフォローせずとも手ごわいまんま。なので、
「そのサンジくんに天聖界随一という威力を発揮させれば、人事不省くらいには持ってけるんじゃないかと目論んだ。」
早い話が、
「相打ちさせようと狙って、歪曲障壁をあなたたちの間に張って。
それぞれが互いを敵だと錯覚するよう、
絶妙なお膳立てをしての小芝居を始めたってわけ。」
ゾロの側が傍らについていたなら、ルフィの様子がおかしいとすぐにも気づけた筈だったろが、
「そこだけは、彼にとっては不幸中の幸いだったみたいね。」
あわや思惑どおりの衝突を成そうとしかけたほどに、切迫した対峙となったけれど。すんでのところで邪魔が入っての何とか引き分けられた彼らであり、その“邪魔”をしたロビンが随分と早くからこの奇妙な島に居合わせていたのは、
「この坊主の妙な動向、あんたも気に留めてたってことか?」
ゾロやサンジが直接のご対面を為したあの場に居合わせなかったのは勿論のこと、それへと連なる立場にもなかった彼女だのに。いくら級が上にあたる御方だとはいえ、全ての次界の何もかにもへ通じているというのは無理がある。それほどまでに、あの少年がとんでもない存在だということかと、まだ少し体に力が入らぬらしいルフィを引き受けつつも、問うようにゾロがそう訊けば、
《 思い出した。
ロビンっていったら、
青キジ様を追っかけてた 風の将軍の軍師だった人じゃあないか。》
彼女より先んじて、幼い声が小生意気にもそんな言いようをし、
《 サウロって言ったっけ? 前代の天風宮の長だった将軍の、
軍師だったお姉さんが、確かそんな名前の風精だって訊いてるよ?》
今の天風宮の長は、コーザという天使長。天界の四方聖宮の当主は、ほぼ あの玄鳳との戦いを境に代替わりしてもいるのだけれど、西の天風宮だけはその直後にもう一度、今の長へと譲位しており。だがそれは、
《 物凄い名将だったらしいけど、青キジ様には返り討ちに遭って。
虚無数界の果て、永久凍河に沈められたんだってね。》
「頭でっかちが、聞いて来ただけの話を偉そうにひけらかすんじゃねぇよ。」
苦々しげに遮ったサンジだったことが、それが真実だと物語る。そしてそうなら、だからこそ、ロビンがその忌まわしい名にまつわる最近の騒ぎへことごとくお顔を出しているという、この不審な坊やを追っていたのも頷けるというもので。のちにナミさんから訊いた話では、そのサウロという将軍殿、単に仕えていた将だったというだけじゃあなく。ロビンとは同族で、大切な親友でもあったらしい。そんな将軍をいかにも腕足らぬように言われたは、さすがに彼女の何かに触りもしたようで、
「そうよね。それはあなたがしたことじゃあないのだし、
今のあなたは、無様にも計画半ばで進退窮まっている真っ最中だわ。」
音がしそうなほどにぃっこりと微笑って見せたところが、
“わあ、余裕だな。”
そんな風に思えたのはルフィだけ。ああまで笑って見せるとは、
“嵐でも地震でも、天変地異の全てを呼びかねんぞ。”
何とも恐ろしいと感じてしまってのこと、思わず首をすくめたゾロとサンジだったのは、これでも随分控えめな反応だったとか。それが証拠に彼女の周辺、亜空間にはそうそうあり得ないそよ風がそよぐのか、腰回りにまとったスカーフがひらひらはたはた揺らめいて。それがそのまま彼女の心情の揺らめき、お怒りの炎のように見えたほど。
「…で? あなた、一体 何がしたかったのかしら?」
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*なかなか話が進まないのは、
敵役の坊やの名前を出してないせいもあるのかも知れません。
書きにくいったらありゃせんわ。
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